三浦展「新東京風景論 箱化する都市、衰退する街」 (NHKブックス)

新東京風景論 箱化する都市、衰退する街 (NHKブックス)

新東京風景論 箱化する都市、衰退する街 (NHKブックス)

第一章 箱化する都市
風景を失った東京
人口は変わらないのに、世帯数は増えた。→住宅がたくさん必要に。
東京大改造は、日本橋の上に高速道路を建設した。
江戸の中心、日本の街路の起点である日本橋ですら。
おそるべき大改造が、すべては成長のために実行された。
高速道路(高架)が非常に雰囲気を阻害する。

なぜ残さないのか。
フィレンツェ、パリ。
→急いで、東京オリンピックに経済成長を間に合わせた。
→倒錯を見てみぬふりをした
サティアン宮崎勤の部屋
現代では、ごく普通の家こそが最も不気味な場所。
 
第二章 サティアンとショッピングモール
増殖する箱
みなとみらいの思想
「つまりわれわれは、いわば、快適でお洒落な都市の箱の中で、殺されない代わりに歩きながら金を払うブロイラーとして生かされている。」
牢屋の外も牢屋 ソロー
風景の「細部」
「都市が箱化する理由は経済効率性の追求である。」
「効率性」=アメリカのキーワード
空港的な空間 新宿バスタ
品川駅東口再開発地区
「対して品川は、人工的すぎるという西新宿の失敗を乗り超えたにもかかわらず、むしろそうであるからこそ非人間的になってしまった」
梅田駅北側
歩行に主体性を発揮しようがない
「おしゃれ空間」その実、金が無いとなにもできない
「極力無駄を排した効率主義空間」
「まるで工場のベルトコンベアで物が運ばれるように、人が運ばれる(しかし自分の足で歩く)空間なのである」
須磨ニュータウン
ピンク・フロイド「ウォール」PV 工場で子供を工業製品のように教育する
「校門を見た後、私は町を見て回った。犯人の少年がよく登ったというタンク山にも登った。そして、住宅地の中を歩き回り、学校と外部を隔てる高いフェンスを見て、突然気がついた。ここは私有空間だけの街だと。ここは学校、ここは道路、ここは住宅地、ここは私の家、ここはあなたの家というように、土地が所有者ごとに明確に仕切られている。「私」が自己をかたくなに守り、他者からの侵入を拒み、閉じこもっている。閉じこもった箱が並ぶだけの街だと私は思ったのだ。」
「こうした箱的な管理をおそらく徹底したのはディズニーランドであろう。」
自分の自由を奪われる
「ベルトコンベアの仕組み」
同じような人間を大量生産する
起源は万博
1939ニューヨーク万博 GM「フューチャーラマ」
95地下鉄サリン、2001池田小、9.11により、都市の箱化が促進された
ビルの思想→街→街の死
昔のビルは行商人も入れた
「これは本来地域に開かれた場所であるべき学校の悲しい窒息である。」
ゴーギャンタヒチの絵のタイトル
「私たちは街を殺し、学校を窒息させ、箱をつくり、どんどん閉じていって、そして何をしたいのか。」
ニュータウンが箱型開発の主な実験場となった。」
千里、多摩。万博。
→その思想が、都心部に戻ってきた
ファスト風土化 風景の大量生産化、均質化。
→都心もファスト風土
「かつてマックス・ウェーバーは、近代資本主義が発展し、利益追求活動が支配する時代が来ると、本来個人の自由な営利活動だった資本主義のシステムが鉄の檻となって、人間はそこから出ることができなくなると「予言」した。しかし現代人は、自分たちが鉄の檻に入れられているとは思わない。その檻が快適で柔らかくて檻に感じられないからである。」
「散歩は反近代的であるがゆえに、近代以降に広がったのである。」
「また、近代の箱の空間には、エロスがない。そこは金を稼ぎ、金を消費するためだけの合目的的な空間に過ぎず、効率や計算が成立しにくい人間的感情は息苦しさを感じるしかない。」
ル・コルビュジエ
「箱ばかりが増えて、街が衰退しているのだ。われわれが街に魅力を感じ、そこをぶらぶら歩いてみたいと思うのは、街にエロスを感じたいからである。」
盛り場、さかる、テンションが上がる。
「怪しい場所」が整理される。
岩井俊二スワロウテイル」東京廃墟もの。
 
第三章 原発と国立競技場
1960年 人口9342万人 国民の3割が14歳以下。6割が29歳以下。
人口ピラミッドが全く違う。
 
第四章 東京の原風景
川添登(建築評論家)「東京の原風景」田園都市
レイモンド・アンウィン 花見の記述
同潤会
「東京砂漠」
>>父、母へ質問<<
レッチワース、ラドバーン。
震災や戦争以上に、経済成長は風景を破壊した。
オリンピック、環七、突貫工事。
>>俺達は、物心ついた時の環境を、所与のものとしてしまう。<<
長谷川潾二郎「荻窪風景」
高架がとにかく癌
大森海岸 海苔養殖
>>青島幸男は都市博中止、馬鹿なダウンタウン大阪万博招致<<
>>家畜(ブロイラー)だけが必要。なれない奴は子供を産ませない<<
「このように東京は昭和30年代、40年代に急激に土地を開発し、住宅、工場、その他の膨大な数の箱をつくり出してきた。その箱が人口減少とともに不要になり始めている。2040年代になれば、その不要な箱が朽ち果てた風景が、東京中、日本中に増えているだろう」
渋谷 空中ケーブルカー ひばり号
大正 丸の内 三菱ガ原
江戸は風景が美しかった
昭和30年代 多くの建築は新築 3丁目の夕日は虚像
 
第五章 アトムとジブリ
今はアトム的なものとジブリ的なもののせめぎ合い
太陽の塔」と「サツキとメイの家
アトム漫画1951 アニメ1963
1964東京オリンピック 70万博
東海道新幹線 別所実「大の大人が恥ずかしくてこんなものに乗れるものではない」
「おもちゃ」
アトム→アメリカ(ディズニー)
ジブリ→ヨーロッパ 木を切らない
イラストレータ真鍋博
コルビュジエ ヴォワザン計画 丹下健三
しかし、つくばでは自殺が頻発した。
「真鍋が描いた未来都市像は、多少形を変えつつも、かなり実現しているものが多い。国家というものは、やると決めたら必ずやるのである。」
→その未来像が支持されなくなっている
手塚「新宝島」1947 廃墟→未来を見た作家。
1985手塚「どこの都市でも同じような開発が行われ、画一化された風景はつまらない。もっと地域に固有な「体臭の強い町」をつくるべきだ。」
「アトムのアニメ放送が終わった翌年の昭和42(1967)年から手塚は「火の鳥」の未来編の連載を開始する。火の鳥ジブリ的な世界観を持つ終末論的な漫画である。手塚は自らが日本人に提示し、日本人が皆信じたアトム的な未来像の限界と終末をいち早く察知し、その次の時代に求められる作品を描き始めたのだ。」
未来編 3404年。
「21世紀は まだ人間は はつらつとしていた 宇宙へとびだし あちこちの星に植民地も開拓した」「何度か核戦争もあったがそのつど人間は目ざめて立ち上がった…」「25世紀には人間の文明は絶頂にたっした」「そのあと衰退がはじまったんだ」「おかしな退化だった 原因はだれにもよくわからなかった……」「科学も芸術も少しも前進しなかった みんなはむしろ昔のスタイルや生活にあこがれだした」「30世紀ごろには21世紀ごろの文明にもどってしまっていた」「あきらかに人類は……いや地球は老化現象をたどっていることがわかった」
>>俺達はまだ死んじゃいけない<<
オウムの科学者→科学に絶望していた
麻原彰晃 先見の明 自殺者3万人
ビルの壁面を植物で覆う→ただの偽装
原発事故後にアトム的未来は描けない」
東京オリンピック 福島は完全にコントロールされているという大嘘で成り立っている
放射能の深層心理的影響
「だからザハのデザインがあの場所にあるのを見て元気が出る人がいるとしたら、そんな人たちはいまだにかつての21世紀的未来社会は素晴らしいと信じている時代遅れの子供じみた人たちであろう。」
日本。温暖で、水と緑にあふれた恵まれた気候。
殺風景→生物が死んでしまいそうな風景
風景とはつまり心象風景
ザハの案→明らかに一神教
タルコフスキー惑星ソラリス」東京首都高
→実はディストピアとして
「過去のリノベーションでよい」
日本中の高速道路を外すべし
ニュータウンのリノベーション
 
第六章 ニュータウンの盛衰
国立 一橋 文教都市
「私は、本屋と古本屋とレコード屋と喫茶店があればそれでよかった。」
毎年人が1/4ずつ入れ替わる。その流動性が清潔な街にありがちな閉鎖性を崩しているのである。
駅を降りたときの感覚が気持ちいいか不快か。
平成狸合戦ぽんぽこ」→ニュータウン
養蚕業から箱貸し業へ。
「しかし結局仕事はほとんど生まれなかった。多摩ニュータウンの住人は都心部へ電車で通うサラリーマンがほとんどだったからだ。」
 
第七章 戦後東京という原風景
「故郷というものは、生まれ育った土地を一度も出なければはっきりとは自覚されない観念である。」
森まゆみ谷根千」 藤森照信「建築探偵」
私立探偵
「世界中が同じ法則にのっとって共産主義へと進化するべきだと考えるマルキシズムと、世界中がナイキとギャップとコカ・コーラとウォルマートになれば世界中の人々が幸せになれると考える今日のグローバリゼーション勢力とは同質である。」
永井荷風
コルビュジエ「建築か革命か」
ブレードランナー」1980
サイバー(自動化、近代合理主義)パンク(クズ)
「アトムvsジブリ」+サイバーパンク的という三元論
未来都市に雨が降る 香港的
>>3.11をなかったことにする力<<
アトム きれいな未来 サイバーパンク 汚い
混沌とした魅力
文明のパンク(クズ)
アメ横 ブループこんぺいとう
屋台 望月照彦「マチノロジ―」
浜野安弘「人が集まる」
時代遅れの近代合理主義
横丁の焼鳥屋
神楽坂、人形町の路地裏
丹下 新宿新都庁(1990)がターニングポイント
→すべった
形態(生き方)は金に従属する
谷根千も京都も観光地化
神楽坂 理科大が破壊
形態が経済に規定される
ル・コルビュジエプロパガンダを真に受けたのがアメリカと日本。
「合理的とは何か?」
エロスの排除
経済合理性という論理だけが重視される。
自然→エロス的感覚
>>文化に淫している俺<<
「つまり巨大な箱は、エロスのないタナトスの空間になるのである」
5/23読了。