「いまおもいだすと、80年代の入口、つまり1980年は、世界はもっと可能性に満ち満ちていた。まもなく豊かになるだろうと信じ、いろんな世界が待っているだろうと簡単に考えていた。
80年代の出口、1989年は十年前には想像できないぐらい、贅沢に暮らしていた。ただ、贅沢をそのまま続けるしか選択肢が残っていなかった。贅沢の継続以外、僕たちに道は残されていなかった。金はどんどん使えるのだが、妙に息苦しくなり始めていた。欲望が僕たちを追い越してしまい、欲望の指し示す道を突き進むしかなくなった。」

「90年代は恋愛と携帯しか売られなかった。そして恋愛と携帯からは、何も生まれなかった。」

「90年代は動かなかった十年。2006年に振り返ってみても、「世の中は金だ」というテーゼしか打ち出せていない。」

「80年代の後半から始まった生活革命は、20世紀の最後にはとても便利な暮らしをもたらしてくれた。僕たちの生活は信じられないくらい快適になった。でも、何かが違っていた。居心地の悪さを感じ始めていた。アタマで考えて便利になり続けた結果、カラダとのずれが少しづつ生じ始めていたのだろう。
(中略)
本当は僕たちはノストラダムスに期待していたのだ。
何も起こらず、年を越え、僕たちはより行き場のない21世紀に突入してしまった。」

堀井憲一郎「若者殺しの時代」
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